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軍艦島 35年目のいま 追レポ
JUGEMテーマ:建築


01島全景

軍艦島レポート。 追加というのはなんですが、意味があるので。

私のレポートにも登場していただきました、大学同期の和田くんです。
現在は長岡で設計事務所を主宰し活躍されています。 
で、
和田くんのブログに軍艦島の衛星映像がのっていました。
http://mawada.exblog.jp/
真上から見る軍艦島。海の真ん中で浮かんでいるようです。
それに、全体の配置がよくわかります。
私のレポートで建物の形がなんとなく分かると思いますが。
和田くんの全体配置で、みなさんも軍艦島めぐりを楽しんでください。
(他人のレポートを利用しているみたいですみません)
キーポイントは、
校庭と炭鉱作業場にはさまれた70号棟(学校)、(映像、島の右上)
コの字型の65号棟(屋上は幼稚園)、(学校と背を向けた隣)
くし型の16〜20号棟(最も高密度)、(島の真ん中付近、左) 
ロの字型の30号棟(日本最古のRCコンクリート.アパート)、(一番下のあたり)
などです。
また、島の正面玄関はドルフィン桟橋です。
島の右下、楕円形で海に浮かんでいるのがそうです。
ここに上陸するのですが、すぐに島の上には立てません。
ドルフィン桟橋から細いトンネルが島を横断していて、
左下、30号棟の上の方、浜通りあたりに出てきます。
けっこう長いトンネルで、
学校に赴任した若い先生がトンネルを歩いているうちに、
だんだん怖くなって、そのまま引き返した。
なんて実話もあったそうです。
海からみた赴任地、軍艦島は恐ろしげに映っていたんでしょうね。
衛星映像を見ると、
台風直撃で持っていかれた70号棟(学校)付近の
コンクリート防波堤と地盤は、復旧されているみたい。
浜通りに並んでいた、商店、映画館、公民館、
島の頂上あたりの神社、幹部社宅などは
木造や鉄骨造なので、
ほとんど跡形もないように見えます。

ところで、
和田正則さんのブログは、読み応えがあります。
長岡の近代建築を紹介していたり。
デザイナーの目を通した日常の風景が楽しいです。

ちなみに、私のレポート.後編。
調査作業風景(4人がならんで立っている映像)の、
左が和田くんです(短パンに白靴下)。  ナイスガイ

まだるっこしい  下に貼り付けます。左の青年です。
23.真面目に調査

そういえば、  思い出してみると、 個人的なことですが、
31年前。
私たちは軍艦島調査のあと、九州を歩き回りました。
建築青年だったので、もっぱら建築めぐりです。
みんなお金が無くて、
ユースホステルと海岸野宿の繰り返しでした。
私と同期.半嶺くんで、海岸野宿担当。(交代で野宿なので)
蚊に悩まされながら砂浜で寝転んでいたら。
突然、懐中電灯で照らされて?   おまわりさんです。
交番に連行されました。
近くで強盗があって、 私たちだろうと...
汚ったない若者が夜中の砂浜でごろごろしていたんだから、
そう見られてもあたりまえか?
すぐに誤解は解けたんですが、
「せっかくだから外で寝ないでここに泊まっていきなさい。」
交番で宿泊です。
たしかに、砂浜よりは快適でした。
二度とない貴重な経験です。  たぶん...?

31年前の夏。
いろんな出来事がたのしい事件でした。
軍艦島は、いまでも私の頭の中で鮮明で屹立している記憶です。




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